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安岡正篤「一日一言」

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安岡正篤「一日一言」
ブログ紹介
情を天地に齊しくし、想を風雲に乘ずる
http://www.chichi-yasuoka.com/
「地元創生ブログ」(http://communityrenaissance.at.webry.info/
community_renaissance@hotmail.co.jp

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タイトル 日 時
「イマジン」 真理と未完成Q「イマジン」の未完成 その5
「イマジン」 真理と未完成Q「イマジン」の未完成 その5 では、楽曲としての「イマジン」に戻ろう。 ...続きを見る

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2011/12/28 15:14
【お蔭を知る】
 本当にわれわれの存在というものは、究明すればするほど種々のお蔭によって在る。天地のお蔭、国家や社会のお蔭、親や師友のお蔭。この計り知ることの出来ないお蔭をしみじみと感じとり認識する、これが所謂恩を知るということであります。そこではじめて理性や感情を持った人間になるのであります。 ...続きを見る

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2011/12/28 09:04
【「孝」という字】
 人間は進歩しようと思えば、統一がなければならない。教育とは何ぞやと言えば、つまるところは先輩・後輩と長者・少者の連続・連結の役目をなすものでなければならない。  要するに孝という字は、単に親を大事にして、親に尽くすという意味だけではなくて、親子・老少、先輩・後輩の連続・統一を表わす文字である。そういうことを知って孝経や論語を読むと、限り無い教訓がその中に含まれておることがよくわかる。 ...続きを見る

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2011/12/27 08:42
【三 宝】
 老子にいわゆる「老子三宝の章」という有名な一章があります。  我に三宝あり。(持して之を保つ。)一に曰く慈。二に曰く倹。三に曰く敢て天下の先とならず。慈なり、故に能く勇。倹なり、故に能く広し。敢て天下の先とならず、故に能く器の長と成る。今慈を舎てて且勇に、倹を舎てて且広く、後るを舎てて先んぜば、死せん。  我に三宝あり。第一に慈。第二に倹。第三に人を先にやる。世間の人間は先頭になろうとして争うが、そういうことをしない。慈愛があるから勇気が出る。  倹、つまりくだらぬ私心私欲に関心がないか... ...続きを見る

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2011/12/26 07:10
【内 訟】
 内訟とは自分の煩悩を自分の良心に訟えることである。 ...続きを見る

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2011/12/25 18:09
【挨 拶】
「好い年をして、挨拶もろくに出来ん」と昔の人はよく言ったが、今日は若い者に限らず、年寄りまでが一向にその挨拶が出来なくなってしまった。それでいて、やれ思想がどうの、平和がどうのと偉そうな口をきく。そういうことでは駄目だ、というのが儒教や禅の根本精神であります。 ...続きを見る

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2011/12/24 08:13
【誠は天の道 (2)】
 然し我々は次第に天地人間から分隔して(これも実は偉大な創造分化なのであるが)己私に執着して誠に叛き易い。その為に折角の性を傷って天と断つの不明に陥った。  そこに諸々の悪が蔓る。「唯天下の至誠のみ能く性を尽すことを為す」である。 ...続きを見る

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2011/12/23 09:38
【誠は天の道 (1)】
 宇宙人生は天の自慊的創造である。自己を実現しつつある努力である。  この絶対自慊にして、何等他に俟つ所を求めない生々化育の努力を「誠」と謂う。  誠は天の道である。誠に由って萬物があり、誠がなければ物もない。人は、此の誠に由って生き、禽獣と異って自覚を生じ、誠の誠なる所以を体認して之を発揮するようになる。  これを「誠之」といい、所当然の道とも謂う。 ...続きを見る

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2011/12/22 08:05
【六 験】
一、之を喜ばしめて以て其の守を験す   人間は嬉しくなると羽目を外す。しかし、人間には守らねばならない分とか節がある。それを喜ばされたくらいで外してしまうようでは人間として落第です。 一、之を楽しましめて以て其の僻を験す   喜びの本能に理性が伴うと、これを楽という。人間は楽しむと、どうしても僻する。かたよる。すると公正を失って物事がうまくいかない。 一、之を怒らしめて以て其の節を験す   人間はどんなに怒っても、締まるところは締まり抑えるところは抑えなければいけません。 一、之を懼... ...続きを見る

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2011/12/21 07:57
【俗を楽しむ】
 人間は俗生活をしておればおるほど、その中に俗に動ぜざるもの、俗に汚れざるものがなければならない。それで初めて俗を楽しむこともできる。 ...続きを見る

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2011/12/20 12:18
【悠久無限】
 天地は悠久である。造化は無限である。したがって、人間も久しくなければいけない。物を成してゆかねばならない。それは仁であり、忠であり、愛であるが、それを達成してゆくものは、忍である。 ...続きを見る

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2011/12/19 08:19
【多岐亡羊】
 多岐亡羊ということがある。これは羊を飼っておった人が羊を逃がした。そこで慌てて追いかけた。隣り近所の人も一緒になって追っかけてくれたが、あんまり岐路が多い。いわゆる多岐である。岐路が多くって、あっちへ行ったこっちへ行ったと言っているうちに、どっかに行っちまってわからなくなった。人間もそういうもので、あんまり仕事が多くなると、肝腎なものがどこに行ってしまったかわからないようになる。人間というものの本質、人間の使命、人間の幸福、そういったものがわからなくなってしまうのである。 ...続きを見る

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2011/12/18 09:28
【時 務】
 事務のほうは基礎さえあれば、多分に機械的に済むことであるが、時務のほうは、時という文字が示す通り、その時・その場・その問題に対して、その人間がいかに為すべきかという活きた問題だから、どうしてもその根本にその人の教養・信念、識見、器量というものが大切になってくる。教養や識見がなければ真実は見抜けない。それには多くの学問を学ばなくてはならない。 ...続きを見る

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2011/12/17 07:48
「イマジン」 真理と未完成P「イマジン」の未完成 その4 「ダブル・ファンタジー」
「イマジン」 真理と未完成P「イマジン」の未完成 その4 「ダブル・ファンタジー」 ジョンとヨーコにとって、ここまでの1960年代、70年代という時代がどんな時代であったのか、そして、80年代への予感がどんなものであったか、アルバム「ダブル・ファンタジー」(1980年)制作にどんな思いを込めていたのかを見てみよう。 ...続きを見る

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2011/12/16 07:46
【身心摂養法 (2)】
 我われの精神は宇宙の一部分であり、宇宙は大きな韻律です。随って我われの精神もやはり撥剌として躍動して居らなければなりません。 ...続きを見る

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2011/12/16 07:29
【身心摂養法 (1)】
 身心摂養法の第一着手は心を養うことです。心を養うには「無欲」が一番善いと古人が教えて居ります。これを誤って我われが何にも欲しないことと寒巖枯木的に解しては、とんでもないことです。それならば死んでしまうのが一番手っ取早い。ぼけてしまうのも好いことになる、そういうことを無心とか無欲とかと云うのではない。それは我われの精神が向上の一路を精進する純一無雑の状態を言うので、平たく言えばつまらぬことに気を散らさぬことです。 ...続きを見る

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2011/12/15 13:51
【六 然】
自處超然(自ら処すること超然)  自分自身に関してはいっこう物に囚われないようにする。 處人藹然(人に処すること藹然)  人に接して相手を楽しませ心地良くさせる。 有事斬然(有事には斬然)  事があるときはぐずぐずしないで活発にやる。 無事澄然(無事には澄然)  事なきときは水のように澄んだ気でおる。 得意澹然(得意には澹然)  得意なときは淡々とあっさりしておる。 失意泰然(失意には泰然)  失意のときは泰然自若としておる。  私はこの_六然_を知って以来、少しでもそう... ...続きを見る

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2011/12/14 08:06
【東洋的虚無感】
 小人の常として、財産・地位・名誉など何かしら有する所があると、自分自身が偉いような錯覚に陥る。しかし本質的には何ものをも加えてはいない。心あらばむしろ省みて自己の本質的な欠陥を覚る。この心を徹すれば、東洋的虚無感に通ずる。 ...続きを見る

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2011/12/13 07:55
「イマジン」 真理と未完成O「イマジン」の未完成 その3 「心の壁、愛の橋」
「イマジン」 真理と未完成O「イマジン」の未完成 その3 「心の壁、愛の橋」 ジョンとヨーコは、1973年の末から1975年1月の間別居状態にあり、ジョンはロスにいた。この期間をジョンはのちに「失われた週末」と称している。ヨーコは、「全世界が私を受け入れなかったのに、全世界は彼を支持していた」という心境にあって、「私はジョンに『私をほうっておいてロサンゼルスにいって楽しんでいらっしゃい』」といったくらいでした。一人で考えたかったのです」、と言っている。いったん距離を置いてお互い一人になる時期が必要だということであったようだ。 ...続きを見る

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2011/12/12 21:31
「イマジン」 真理と未完成N 「イマジン」の未完成 その2 「ジョンの魂」「イマジン」2/2
「イマジン」 真理と未完成N 「イマジン」の未完成 その2  「ジョンの魂」「イマジン」2/2 ジョンは、「ジョンの魂」の制作前に、子どものように叫ぶことで幼少期に起因するトラウマを取り除き、潜在的な心の傷を治療する「プライマル・スクリーム療法」を受けている。治療を担当したアーサー・ヤノフ博士は、「ジョンは私が診てみたなかでもかなりの苦脳を抱えている患者だった」とのちに回想している(斉藤・葉山:2007)。 ...続きを見る

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2011/12/12 21:04

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